井上ひさし「ナイン」③

井上ひさし「ナイン」

「ナインの絆と、中村さんの畳店」

前回「ナインがなぜ正太郎の悪行を許すのか」について書いた。正太郎とのかげがえのない思い出、友情がそうさせると書いたが、それだけではない。そこには、高度経済成長期に老舗の畳屋を守り続ける「中村さん」の気持ちと繋がるものがある。

「英夫君」は「正太郎」との思い出を「わかる気がする」という「わたし」を拒絶する。それは他者が想像して共感できるような、青春の一コマ、いわゆる「友情」や。正太郎への「感謝」で片付く話ではないからだ。「英夫」は言う。

「パレードのときに泣いていたのもうれしかったからです。自分たちは日陰のなぞあり得ないところに、ちゃんと日陰をつくったんだぞ。このナインにできないことはなにもないんだ。そんな気持ちでいっぱいでした……」

 監督が暑気あたりで倒れた後、幼い彼らは、どれほど心細く、真夏の太陽に焼かれてどれほど苦しかっただろう。しかし、彼らは試合をやりきった。涼しい木陰で観戦しているだけの大人の力を借りずに、自分たちでやりきった。暑さで苦しむチームメイトのために自分たちで陰を作った。自分たちの力で逆境を乗り越えたのだ。

 畳屋の「中村さん」も詳細には描かれていないが、彼らと同じものを持っている。中村さんの指は「針でたらこみたいに膨れ上がって」いる。これは何十年と畳職人になるために修行をこなし、今でも自分の手を使って畳を生み出している証である。また「中村畳店」がそれなりに大きな店であることから、代々続く老舗であることもうかがえる。そのような畳店を個人経営で続けるためには、「中村さん」もそれなりの苦労を乗り越えてきたはずだ。頭を下げて回ることもあっただろうし、理不尽なクレーム対応もしてきただろう。また、ピッチャーとして優秀な「英夫君」を跡取りにすべきか、悩みもしただろう。

 つまり、「ナイン」も「中村畳店」も、自分(たち)の力で苦境を乗り越え、自分たちの力で作りだした実績がある。この経験に宿るのは何か。「友情」や「絆」だけではない、そこに宿るのは「誇り」である。自分の、自分たちへの「誇り」だ。「中村さん」は努力によって培った、自分の技術にきっと誇りを持っている。また、長年続いてきた実家である「畳屋」に誇りを持っている。「ナイン」も影を作った、自分たちの力でやり抜いた「自分たちに対する誇り」を持っている。この「誇り」は誰に何を言われようと、簡単に消えたりしない。消すことができない。いくら大金をつまれようが、簡単に手放せるものではない。

「中村さん」は大金をもらって「畳店」を売ることができる。そうすれば「楽な老後」を過ごせる。しかし、それと引き換えに代々続いた「畳店」を失い、何十年と培ってきた職人の技術を失うことになる。「ナイン」も正義感や、自分の受けた被害を取り返すために「正太郎」を警察につきだすこともできる。しかし、それは奇跡みたいなあの夏の誇りを、自ら捨ててしまうことになる。

それでも「中村さん」は、その誇りを「畳店」のように目に見える形として残すことができるだけマシだ。「どうして大金をもらう方を選ばなかったのか?」の答えとして他人に理解されやすい。しかし、「ナイン」の誇りは彼らの中にしかない。彼らの思い出の中にしかない。それは忘れれば消え去り、幼い頃の青い思い出と言われれば、それだけになってしまう。だから彼らは「自分たち」の生き様で「誇り」を示すしかない。「正太郎」の悪行をかばい、そして埋め合わせるように本気で働き、「正ちゃんのおかげだ」と胸を張って言える生き方を選ぶ。そうすることだけが「ナイン」の「誇り」を本物にできる方法だからだ。はたから見たら馬鹿馬鹿しいと思えるかもしれない。それでも、彼らはそれを選んだのだ。自分たちの「誇り」のために。

この感覚は、私たちの学校(ウリハッキョ)の存在と似ている。一から始まった学校建設事業。植民地時代に奪われた言葉を取り戻すべく、「金があるものは金を、力があるものは力を、知識があるものは知識を」のスローガンと共に、同胞たちが一丸となって建設を行った。当初は教育機関として認めらず、大学受験もできなかったし、インターハイにも出られなかった。それを先代たちは一つずつ打開していった。署名運動やデモ活動、世論を巻き起こし、日本の方々の力も借りながら、後世のためによりよい学校を作ろうと戦った。その結果、国立大に入学したもの、弁護士、医者になったもの、全国大会に出場したもの、弁論大会で賞を受賞したもの、数えられないほどの実績をあげることができた。しかし、経営状態でいうと非常に厳しい。高等学校だが、無償化が適応されておらず、都道府県や市から与えられる助成金も、安倍晋三が首相の時代に削減された。利益や、合理性を考えると、学校を売って、この土地を駐車場にでもした方が、何倍も楽になるだろう。

 生徒たちに「ナイン」を習う前に問う。「今君たちが座っている椅子、10万円で買うって言う人が現れたら売る?」と。生徒たちは「売る」と答える生徒がほとんどだ。しかし、「ナイン」を習い終えて感想を書かせると、違う答えが返ってくる。

「先代たちが繋いでくれ、たくさんの方が応援してくれるウリハッキョの椅子をお金に換えることなんてできない」

「この学校の椅子には歴史がある。そしてその歴史には誇りがある。それをお金に比べることはできない」

「お金よりも大事なことがあると思った。売ってしまったら、今までつないできた人たちの誇りが一瞬で消えてしまう。それを消さないように大事に守っていきたい」

私たちの学校は、「英夫君」たちのように、周りから見ればおかしく見える部分も多いだろう。まあ、それでも上記のように答えられる生徒の教育に携われることは、確かに私の誇りになっているのだ。

 しかし人の「誇り」は、そう簡単に生まれるものではない。現代は特に「自己肯定感」の重要性が語られているが、(近頃は「自己存在感」という言葉もあるらしい)どうも言葉だけが、一人歩きしているように思える。次回は現代と「誇り」について書こうと思う。

 新年あけましておめでとうございます。今年の目標はブログを定期的に書くことです!いつもたくさんお待たせして申し訳ありません。どうぞよろしくお願いいたします!

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